ドイツの学術研究の動向

在独PIによるドイツの学術研究の紹介(第4回)
「研究者の12年ルール」竹中瑞樹(植物分子遺伝学)

2017-11-16

在独PIによるドイツの学術研究の紹介(第4回)  研究者の12年ルール    
                                    竹中瑞樹 (植物分子遺伝学)

私は今年9月までウルム大学の分子植物学研究室で、植物オルガネラにおけるRNA編集がどのような分子メカニズムでおこるかを遺伝学的、生化学的に明らかにすることを目標として研究をおこなってきました。ウルムはシュトゥットガルトとミュンヘンの中間に位置する人口13万人ほどのドイツ南部の街で、ウルム大学は今年創立50年を迎える比較的新しい大学です。今回は私がドイツでどのようなキャリアを過ごしたのかをご紹介すると共に、ドイツで長く研究を続ける際には避けて通れない、ドイツの「12年ルール」について触れてみたいと思います。
私は日本で学位取得後、植物ミトコンドリアの遺伝子制御研究で有名なウルム大学のアクセル・ブレニケ教授の研究室でポスドクとして研究生活をはじめました。ブレニケ教授のポスドクは当時私だけで、学生も一人もいませんでした。日本にいた頃は学生が30人ほどいる比較的大きい研究室にいましたので、毎日のように行う教授との多岐にわたるディスカッションはとても新鮮で楽しいものでした。私の研究テーマは植物オルガネラでおこるC to U RNA編集の分子機構を明らかにすることですが、ポスドクをはじめて2年経つころから自分で立ち上げた実験系からうまく結果が出だし、5年目に海外学振に採用されました。その海外学振研究員の間に小さいながらも自分のグループを持ち始め、DFGの研究グラントを獲得しました。その頃からドイツの大学で研究を続けていくことを意識しはじめ、Habilitationという大学教授資格・教育資格をとる為に大学の講義も担当するようになりました。もちろん教授と周りのサポートがあったからこそで、この点ではとても恵まれていたと思います。2011年からはDFGのHeisenberg 奨学金をうけることができました。これは、実績はある程度あるものの教授職を得るまでに至っていない研究者に、最大で5年間生活を保証し、自由な研究環境を与えることで教授職へのステップアップをサポートするものです。この奨学金を受けている間は大学の教育に関わる義務もなく、どこの国で研究しても構いません。私はこのHeisenberg奨学金を受けている間にHabilitationを取ることができましたし、海外と共同研究をいつくか立ち上げることができました。またこの間にドイツ、または他のヨーロッパ諸国の大学のポジションに応募し続けました。面接に招待されることはありましたが、残念ながらこの5年の間に期限なしの研究者職または教授職を得ることは出来ませんでした。今思えばいろいろと至らない部分があったのだと思います。Heisenberg奨学金の5年間が終わり、ここで12年ルールが問題になってきました。
このルールは研究者がドイツ内の期限付きポジションで研究できる期間を12年までと制限するものです。期限までに教授職または期限なしの研究職ポストに就けなければ国外にでるか、アカデミックの道はあきらめるしかありません。この12年には博士課程も含まれます。ですからもし4年で博士課程を終えて学位を取得したとしたら、猶予は8年です。これは学位を外国で取得した場合(例えば日本で取得した場合)も同様にカウントされます。このルールには幾つかの複雑な例外規定があります。例えば、ドイツ国外でのポスドクとして雇用されていた期間や、ポスドク時代に自分の給料を奨学金や研究グラントで賄っていた期間はカウントされません。私の場合ですと海外学振やHeisenberg 奨学金をもらっていた期間はカウントされませんでした。 また子供一人につき期限の2年延長が許されるのですが、これは権利があるだけで、雇用者(大学、研究所)側に延長する義務はありませんので注意が必要です。とにかく、この12年ルールの為、Heisenberg奨学金を終えた時点で、私がドイツ内の期限付きポジションで研究を続けられる猶予は約一年しかありませんでした。その後研究を続ける道を色々と模索し、幸運なことに現在の職に就くことができました。
結局ドイツで常勤の研究職、教授職に就くという私の計画は頓挫してしまったのですが、ドイツでの研究生活で経験は大変得難いものでした。比較的若いうちから自分のグループを持ち独立して研究できましたし、教育、講義の経験を積むことができました。またドイツ国内のみならずヨーロッパ内の様々なグループと共同研究する機会が頻繁にありました。これらは私にとって大切な財産になっています。12年ルールの是非はドイツでも議論になっています。アカデミックを目指す研究者側から見ると忌まわしいルールですが、その考え方には合理的な部分もあります。12年ルールがあるため、必然的に若いうちからキャリアを真剣にかつ現実的に考える風潮がありますし、アカデミックな職を目指す人は若いうちに他の国へ積極的にポスドクに行く傾向も私の周りでは見られました。
私が長くドイツに滞在したのは、やはり暮らしやすく研究環境が恵まれていたためだと思います。学生として、ポスドクとして、またはPI としてドイツで研究生活をおくることはとても有意義なことだと思いますし、機会があれば短期間であっても是非経験されることをお薦めいたします。もしドイツが気にいって、さらに長くドイツで研究を続けたいと考える際にはこの12年ルールが存在することを頭の片隅において置かれた方がいいかもしれません。

竹中 瑞樹 (植物分子遺伝学)
京都大学・理学部・特定准教授
1996年 京都大学農学部応用生命化学科卒業、1998年 同生物科学専攻修士、2001年 同専攻博士(農学)。2001-2005年ポスドク(ウルム大学)2005−2007年日本学術振興会海外特別研究員(ウルム大学)。2007年よりウルム大学にてグループリーダー。2011年−2016年DFG Heisenberg Fellow, 2014年 Habilitation (教授資格)。2017年ウルム大学代理教授、2017年10月より現職。植物オルガネラのC to U RNA編集に関わる分子機構、またその生物学的な意義を明らかにすることを目的に研究を行っている。

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