ドイツの学術研究の動向

在独PIによるドイツの学術研究の紹介(第6回)
「競争よりも協調、海外医学研究における共同研究への高い意識」
川内大輔 (神経発生学・脳腫瘍発生学)

2018-08-09

在独PIによるドイツの学術研究の紹介(第6回)
「競争よりも協調、海外医学研究における共同研究への高い意識」 川内大輔 (神経発生学・脳腫瘍発生学)

今回コラム執筆の機会を頂き、過去の執筆者の内容を踏まえた上で、私はドイツにおける共同研究に焦点を当てたいと思います。
私の現在の職場であるドイツがん研究センターは、ドイツの学術都市ハイデルベルクにある、ヨーロッパでも最大級のがん研究所です。一方で私は日本で理学博士の学位を取り、専門は神経発生学でした。神経発生の研究者がなぜがん研究所で働いているのか、疑問をもたれる人もいるかと思います。がん研究は医師研究者の分野だと思われている方も多いかもしれません。しかし、実際はがん発生は主に遺伝子の異常から生じる遺伝病の側面を持ち、遺伝子の機能解析には発生学者の知識、経験が手助けとなります。同じキャンパス内にあるハイデルベルク大学の大学病院と密接に研究を行っている一方で、例えば私の所属する研究部門では半数以上のグループリーダーが医師免許を持っていないPh.D.取得研究者です。これは特に驚くべきことでもなく、以前の職場であるアメリカの聖ジュード小児研究病院でも基礎研究者が非常に多く働く環境でした。実際にがん研究の優れた論文が多数の共同研究の上で成り立っている現状をみても、多くの分野の基礎研究者と臨床研究者が一丸となって、一つの病気の謎解明に取り組む、研究施設のこういった環境づくりはがん研究において重要だと感じています。
私の研究グループは、小児脳腫瘍を研究材料に、「どの遺伝子変異が発生時期の脳に影響を与え、脳腫瘍を生み出すのか」について研究をおこなっています。がんは、正常細胞が外部からの刺激や内在性の要因により遺伝子変異を起こし、細胞が異常分裂を起こすことにより引き起こされる病気です。これまでの基礎研究から、個々のがんによって異常な細胞分裂を引き起すメカニズムが違うとされています。正常脳に存在する多様な細胞は、異なるシグナルによって分裂が制御されており、種類の異なるヒト脳腫瘍が、それぞれ違った場所で生じ、特定の遺伝子変異をもつという事実は、この仮説を強く支持しています。したがって、個々のがんの遺伝子変異に応じた治療法の確立が将来的に期待されます。実際の我々の研究現場では、遺伝子変異からがんシグナルを推定するのは難しいため、実験動物の脳細胞にがんで観察された変異を人工的に挿入し、結果を観察することで、がん特異的変異の機能を探っています。ここで重要になってくるのが着目する遺伝子変異ですが、これは同じ研究部門内の別の研究グループとの共同研究により、ヒトがん遺伝子に高い頻度で観察されるものが主に研究対象とされます。私達の研究により同定されたシグナルや研究結果は、更に臨床へと繋げるために、シグナル阻害剤などを用いてがん細胞を移植したマウスなどを用いて検討されます。このようにがんゲノムの研究、がんシグナルやがん細胞の研究、更にシグナル阻害、もしくはがん細胞を標的とした様々な治療法の開発と多くの専門家や研究者が、各ステップでそれぞれの知識と技術を用いて助け合いながら、最終目的である、小児脳腫瘍患者の治療に向かって進んでいます。そのため、研究の議論の場では、各専門分野の研究者や博士課程の学生が同じ土俵の上で議論し、意見を尊重して方針を決めています。
私の日本での基礎研究は10年前に遡りますが、論文著者の人数がそれほど多くなく、共同研究を行う敷居が非常に高く感じました。特に若い研究者は、簡単に海外との共同研究を提案できない環境にはあったかもしれません。一方で、分野にもよるかと思いますがドイツやフランスでは共同研究が高く評価される傾向があるようです。実際に多くの研究所では医学分野でインパクトの高い論文を出すためには共同研究が必須だと考えており、友人の働くキュリー研究所では複数の責任著者を持つ良い論文を出すことで、国際的な研究者として大きく認められるそうです。

個人的には日本の大学教育、大学院教育は質的には日本人の気質に合った素晴らしいものだと思います。だからこそ、異なった気質を持つ国の研究スタイルを感じることは、その後どの国で研究するにしても良い経験になりますし、何より国境をこえて、自身の研究分野で多くの友人を作る機会に出会えます。この繋がりこそが将来的に私たちの新しい共同研究を生み出す一つの可能性になると信じています。このコラムを読んでより多くの学生、若手研究者が海外で研究してみようかと、感じていただけると嬉しいです。ドイツはその点でオススメですよ。

略歴
1999年大阪大学理学部物理系卒業 2004年大阪大学基礎工学研究科生物工学科修了 理学博士取得 2005年より千葉大学大学院医学研究院で助教 2009年より聖ジュード小児研究病院博士研究員を経て、2013年よりドイツがん研究センターでグループリーダー 2018年テニュア取得

http://pediatric-neurooncology.dkfz.de/index.php/en/research/pediatric-neurooncology/in-vivo

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