西原春夫先生を偲んで 仲道 祐樹

2023-04-24

早稲田大学名誉教授、早稲田大学元総長の西原春夫先生が、2023年1月26日に逝去されました(享年94歳)。

西原春夫先生は、刑法学を専門とされ、多くのご業績を残されました。とりわけ、モータリゼーションの時代の到来を見越し、当時の西ドイツの判例において確立した「信頼の原則」を、いち早く日本に紹介されたお仕事は、日本における交通事故と過失犯の関係について、理論的な指針を与えるものとなりました。信頼の原則は、その後、日本の最高裁判所の採るところとなり、日本における交通事故の実務を規定する理論ともなったのです。

西原先生の刑法学におけるご業績は、ドイツの刑法学、そしてドイツの社会への深い洞察に基づくものでした。西原先生は、1962年8月、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団からの奨学金を得て、フライブルク大学外国国際刑法研究所(その後、マックス・プランク外国国際刑法研究所を経て、現在、マックス・プランク犯罪・安全・法研究所)に留学をされました。西原先生がご留学された当時の所長であったHans-Heinrich Jescheck教授をはじめ、その後任を務めたAlbin Eser教授、Ulrich Sieber教授の3代の所長との間で築かれた関係性は、刑事法分野における日独学術交流の屋台骨ともいうべき緊密さを持つものであったといえるでしょう。また、フライブルクで培われた他国の研究者とのネットワークは、その後の日独、そしてドイツ語を媒介とした様々な学術交流へと発展することとなり、多くの刑事法研究者がそこから多くのことを学んだのです。
筆者が西原先生のご厚意により帯同させていただいた、2016年のマックス・プランク外国国際刑法研究所50周年記念式典の際、全体のセレモニーにおいて、当時のSieber所長から特に西原先生のお名前が挙げられたこと、そして世界中から多くのゲストが集まる中、西原先生にスピーチの機会が与えられたことはここに特記すべきでしょう。世界の刑法学の中で、これほどの扱いを受ける日本人刑法学者がいるという事実は、当時ドイツでの研究1年目を終えようとしていた筆者にとって、西原先生の築かれてきたものの重さを肌で実感するに十分なものでした。そして、同時に、これをわずかばかりでも引き継ぎ、さらなるネットワークへとつなげていくことが、フンボルティアーナーとしてドイツにいる者の責務であることを、そこではじめて理解したのです。
西原先生は晩年に至るまで、旺盛な探究心を持ち続けておられました。そして、社会のこと、次代のことを常に考えておられました。西原先生のご逝去は、まさに「巨星堕つ」と表現するほかないものです。
先生のご学恩を受けた者の一人として、ここに謹んで、西原春夫先生のご冥福をお祈り申し上げます。

日本フンボルト協会理事 
早稲田大学教授
仲道 祐樹

Copyright(c) 2013 The Humboldt Association of Japan All Rights Reserved.