日独学術交流雑記帳

ミヒャエル・シュトルアイス教授の2015年初夏の来日に寄せて

2015-07-23

ミヒャエル・シュトルアイス教授の2015年初夏の来日に寄せて
守矢 健一 (教授・ドイツ法・大阪市立大学)

2015年6月下旬から7月上旬にかけて、ミヒャエル・シュトルアイス(Michael Stolleis)氏が来日した。シュトルアイス氏はながくフランクフルト大学法学部の公法学担当教授としてのみならず、マックス・プランク・ヨーロッパ法史研究所の所長としても活躍して来られた。同氏は19世紀以来の伝統を持つ私法史学に伍して、16世紀のヨーロッパに起点を持ち古典古代のテクストとの対話を通じて成立した公法学の学問史を樹立し、そればかりか強固かつ華麗に発展させた、ヨーロッパを代表する法制史学者である。1930年代以降現代に至る法学現代史にも開拓の鍬を入れたし、社会保障法史や旧東独の法学史の礎をも築いた。
今回の招聘は日本学術振興会平成27年度外国人招へい研究者(短期)の助成を受けて実現したものであり、招聘に中心的にあたったのはHumboldtianerin である松本尚子氏(教授・西洋法史・上智大学)であり、関西方面について守矢がこれに助力した。
シュトルアイス氏は、計4つの講演を行った:「ヨーロッパ統合とグローバル化の時代における行政法」(6月27日;東京大学公法研究会主催;於東京大学構内);「戦時体制下の公法学史-ドイツ公法史との対話の試み」(6月28日;法制史学会東京部会・戦時法研究会共催;於早稲田大学構内);「ナチス法政提要」(7月2日、於名古屋大学);「グローバル化時代を迎えた立憲国家におけるヨーロッパ的遺産」(7月4日;日独法学会主催;於芝蘭会館(京都大学))。東京大学での講演会では太田匡彦氏(教授・行政法・東大)の、早稲田大学では宮坂渉氏(准教授・ローマ法・筑波大)の、名古屋大学での講演会では、森際康友氏(教授・法哲学・京大)の、京都での講演会では日独法学会理事長の小川浩三氏(教授・ドイツ法・専修大)および髙山佳奈子氏(教授・刑法・京大)、毛利透氏(教授・憲法・京大)のご尽力を得た。そのほか講演会とは別に、日本の若い法学研究者とシュトルアイス氏との学問的な質疑応答の機会を持つことができた:「第18回ドイツ法フォーラム ―― 法制史と実定法学 ―― 」(7月6日:ドイツ法フォーラム主催:大阪市大文化交流センター)。関西での二つの学術集会に当たっては、髙山佳奈子氏および高田篤氏(教授・憲法・阪大)に、いつものように諸事サポート戴いた。院生の方々のサポートがあったことも、ここに記して、ありがとうと申したい。
あまりにも内容豊富であった計5つの学術集会の内容をここに紹介することは、ほとんど不可能に近い。6月27日および7月4日の講演は、日独法学会の学会誌『日独法学』に、当日の議論の抄録とあわせて公刊の予定である。6月28日のシンポジウム内容も、報告者(小野博司氏(准教授・日本法制史・神戸大学)、小石川裕介氏(研究員・日本法制史・後藤・安田記念東京都市研究所))およびコメンテータ(出口雄一氏(教授・日本法制史・桐蔭横浜大学))の原稿と併せて、戦時法研究会論文集『戦時体制と法学』に収録する予定である。
特筆すべきは、東京及び関西での学術集会で、2時間以上のふんだんな討論時間が設けられ、その時間が短く感ぜられるほど、充実した討論が行われたことであろう。シュトルアイス氏の、個別研究に裏づけられた長期的な歴史的見通しに基づく、いわば省察された断言とでもいうべき発言の数々は、参加した日本の法学研究者のWeiterdenken を大きく刺激したように思われた。立憲主義や法治国原理といった観念はこんにち大きな危機に直面しているが、実はそれは日本だけの問題ではない。こうした公法上の重要な原理が、どのような歴史的与件の下に成立し、どのような政治的な危機に曝され、場合によっては否定すらされる場合があったか、どのようにして再生したか ―― こういった問題を、単なる政治的行動主義に埋没せずに強靭に学問史的に省察する必要があるが、シュトルアイス氏はその講演と質疑応答とを通じて、この作業の一端を、知的廉直性と知的な勇気とでもいうべきものを以て、わたしたちの前に実演なさった。研究集会に参加された方々も、その実演に触発されて、競演をされたのだと思う。この競演が一過性のものに終わらぬことを、希う。
シュトルアイス氏と、上記の研究集会に参加された方々すべてに、謝意を表したい。

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