ドイツの学術研究の動向
在独PIによるドイツの学術研究の紹介(第1回)
「独特な時間の流れが独特の研究スタイルを生み出す」常世田好司(免疫学)
「独特な時間の流れが独特の研究スタイルを生み出す」 常世田好司(免疫学)
私は現在ベルリンの免疫学の研究所でグループリーダーとして働いています。在ドイツ日本国大使館の方とお会いしたことがきっかけで、2017年2月にドイツで研究室主宰者(PI)として働く日本人でネットワークを作りました。現在20名になります。ドイツにおける研究環境の情報共有から、異分野間での共同研究や新しい学問を生み出すことまで、幅広い目的を持った団体として機能させていくと同時に、今後ドイツへ留学してくる学生やポスドクを支援していくことも大きな目的と考えています。今後、各PIが月ごとに主にドイツにおける研究環境や生活環境を、さらにはドイツにおける各分野の特色や強みなども含めながら書いていきたいと思っています。
まずドイツの研究施設についてですが、日本と同様に、公的研究機関と大学から主に構成されております。公的研究機関は主に、マックス・プランク協会(83研究所、従事者2.2万人、研究費18.0億ユーロ)、ヘルムホルツ協会(18研究所、従事者3.8万人、研究費44.5億ユーロ)、ライプニッツ協会(88研究所、従事者1.8万人、研究費18.3億ユーロ)、フラウンホーファー協会(69研究所、従事者2.4万人、研究費21億ユーロ)の4つのグループが存在し、基礎もしくは応用に特化するなど各々で特色を持っています。大学は千差万別で、教育に特化しているところもあれば、公的研究機関と大差がない、もしくはそれ以上の施設をもつところもあります。
ドイツの研究環境についてですが、私が最初にポスドクとしてドイツで働き始めたときは、そのノンビリとした環境に驚かされました。日本科学技術政策研究所の調査では、ドイツは日本に比べて研究者数や研究費は約半分にもかかわらず、Top10%もしくはTop1%の論文数(シェア)ではドイツが約2倍も多いことが報告されています。ちなみにドイツはアメリカと比べて研究費や研究者数では約5分の1ですが、Top論文数も約5分の1であり、質は同等になります。そこで初めはアメリカのような競争が激しい研究環境を想像していました。しかし、基本的にノンビリなのです。このような時間配分で一体どのように質の高い研究環境が保たれているのか、非常に興味深いところでした。まだ結論は得られていませんが、研究体制の構造以外に、CooperationとDiscussionが質の向上に貢献しているように感じています。Cooperationは1つのラボやDepartmentもしくは1つの研究所の中で、お互いに助け合い論文を作っていくことです。Discussionは1つのデータを飽きるまで議論し尽くすことです。ラボ、もしくは研究所全員で1つのデータからの様々な可能性を提案しあうのです。これで次にやらないといけない実験や新たな可能性を見出す実験が次々と生み出されます。これは論文が承諾されるためにも非常に役に立つプロセスでした。ただ英語(殆どの研究室は英語のみで不自由ありません)で何時間も連続してDiscussionすると、かなりの疲労になりますが、非常に良い訓練になります。ドイツの研究に対する集中力や効率性は、是非留学して身につけるべき能力だと思っています。ノンビリとした環境と書きましたが、その環境が生み出す精神的なゆとりもまた、集中できる、質の高い研究環境を生み出している要因の1つだと感じています。
次に私の専門である免疫学についてですが、代表的な公的研究機関としては、フライブルクにあるマックス・プランク免疫生物学・エピジェネティクス研究所、ハイデルベルクにあるドイツ癌研究センター、そしてベルリンにあるドイツリウマチ研究センター(ライプニッツ協会所属)などがあります。
https://www.ie-freiburg.mpg.de/; https://www.dkfz.de/en/index.html; http://www.drfz.de/en/
また各大学にも著名な研究者が多く所属しています。公的研究機関だけを見ますと、エピジェネティクスや癌、自己免疫に重点を置いているように見えますが、ドイツ免疫学会のテーマを見ても、決してそれらが主流ではありません。大学を中心に拠点形成を目指す科学研究費の1つ、Collaborative Research Center (CRC)があり、最大で12年間支給され、各分野を深く広く理解することを目指しながら、大学の研究者を手厚く支援しています。大学レベルで面白い分野を探すのであれば、CRCを獲得している以下のリンクのラボから選択することも1つです。
http://www.dfg.de/en/research_funding/programmes/list/index.jsp?id=SFB
以前免疫学の世界で、IL-17という分子が非常にホットな時があり、インパクトファクターの高い雑誌には多く掲載されていました。しかし1年後も2年後もドイツ免疫学会ではワークショップのトピックにもならず、流行に左右されない強い意思を感じたのを覚えています。分野のレベルではドイツの強みは不明ですが、免疫学の昔からの謎に今も取り掛かっているという印象が強いです。じっくりと免疫学の謎を解明することを楽しみたい人にもドイツは大変お勧めです。
常世田好司tokoyoda@drfz.de
ドイツリウマチ研究センター 骨免疫学研究グループ
東京理科大学理工学部卒業後、2002年大阪大学大学院薬学研究科にて博士号取得。京都大学再生医科学研究所、ドイツリウマチ研究センター、千葉大学大学院医学研究院にて免疫学の研究を重ねた後、2012年よりドイツリウマチ研究センターにてグループリーダーとして着任。2006年より2年間、ドイツリウマチ研究センターのポスドクとしてフンボルト財団より奨学金を取得している。身体はどのように感染源を記憶できるのか(感染免疫)、またどのように自身の分子を誤認し記憶してしまうのか(自己免疫疾患)、免疫学的な「記憶」をテーマに研究を行っている。