ドイツの学術研究の動向

在独PIによるドイツの学術研究の紹介(第3回)
「ドイツにおける生物学者のキャリアパス」 磯野江利香(植物分子生物学・生化学) 

2017-07-22

ドイツにおける生物学者のキャリアパス    磯野江利香 (植物分子生物学・生化学)

コンスタンツはドイツ・スイス・オーストラリアの国境に位置するボーデン湖のほとりにある風光明媚な街で、創立50年を迎えた総合大学であるコンスタンツ大学が湖を見下ろすように建てられています。両親も留学していたドイツで(母はフンボルト財団の奨学生でした)縁があり、今年1月にコンスタンツ大学生物学科の植物生理学・生化学講座に着任し、教育・研究を行っています。私の研究室は植物における選択的なタンパク質の分解過程を解き明かし、その制御が植物の成長や環境応答のいろいろな側面においてどのような役割を果たしているのかを明らかにすることを目標として研究を続けています。
私自身は留学時代からドイツの大学において研究をしてきましたので、以下にドイツの大学における研究環境・キャリアパスについて書いてみたいと思いますが、ドイツではケルン郊外のマックス・プランク植物育種学研究所 (Max-Planck-Institute for Plant Breeding Research) を始めとしたマックス・プランク研究所、ガータースレーベン(Gatersleben)のライプニッツ研究所(Leipniz-Institut)、ミュンヘン郊外のヘルムホルツ研究所(Helmholtz-Institut)など、大学以外の機関でも植物を用いた基礎から応用までの幅広い研究が行われています。日本でも分野や研究機関を超えた共同研究が推奨され成功を収めていますが、ドイツでも国内に限らず、ヨーロッパ内の研究ネットワークがあり、意見交換や共同研究が盛んに行えるとても刺激的な環境が整っています。
ほとんど研究にのみ集中出来る研究所とは異なり、大学では当然のことながら教育機関としての役割にも重きが置かれています。そのため、大学のスタッフは学生実習の指導や講義をすることが義務付けられています。ドイツではHabilitationと言う大学教授資格・教育資格があります。昔と違い、現在ではこの資格は教授職に就くために必須ではありませんが、Habilitationを終えてPrivatdozent (PD)と言う肩書きを持たないと、学生の公式な指導教官や博士論文の審査委員になれないなど制度上の制約がいくつかある場合もあります。生物学の分野では、科研費の取得や論文の出版に加え、講義経験がHabilitationの資格審査における重要な評価項目となります。賛否両論はありますが、経験を積んだ教授陣から助言を受けつつ、早いうちから基礎講義に参加することは、将来大学で教鞭を取る者には良い訓練となります。
ドイツでは同じ大学で助教・准教授・教授と昇進できるテニュアトラック制度が一般的ではありません。生物学の分野では、多くの場合、助教相当のポジションで自分の研究グループを持つことができます。しかし、この職はほとんどの場合5−6年の年限付きなので、この間になるべく多くの科研費を取り、論文を出し、今度は年限なしの独立准教授相当(W2)または教授相当(W3)の職を得るべく応募と面接を繰り返さねばなりません。W3の職を得るのにW2の経験は問われません。同じ大学で昇進できることは稀なのでドイツ全国、さらにはヨーロッパ全土にまで視野を広げて公募情報を集めます。面接を経て数ヶ月後、運良く招聘(Ruf)を受ければ、それからまた数ヶ月、長い場合では1年近くの交渉期間を経て最終的に辞令を受けます。
伝統的な制度においては、分野にもよりますが、長い経験を積まないと終身の職に就けない上、いつ、どこでポジションが取れるかが分かリません。そのため、優秀な人材を早い段階で招致しようと、ドイツでも近年テニュアトラック制を取り入れる大学が増えてきました。また、ドイツ研究振興会(DFG)のEmmy-Noether奨学金は、博士取得後4年以内の若手研究者が応募でき、自分で受け入れ機関を選んで5年間独立グループリーダーとして研究を行うことを支援するものです。大学におけるグループリーダーポジションも相当数あり、日本と比べると若手研究者が早いうちに独立して自分の研究を進められる環境、支援体制が整ってきていると感じます。
研究においては科研費等の取得実績、また論文の量や質が評価されます。しかし、日々の生活、大学における研究室運営では、自分の意見をしっかり持って発言し、時には自分の要求を上手に主張しないとドイツ人社会でやっていくのはなかなか大変だと来独10年を過ぎた今でも文化の違いに戸惑うこともあります。それでも、学生として、ポスドクとして、またはPI として、たとえ短期間でも目的をきちんと持って留学するならば、ドイツは暮らしやすい国ですし、異国の研究環境に身を置くことは研究の発展にとどまらず、人との出会いや言葉の上達も含めて良い経験になるのではないかと思います。

磯野江利香 (植物分子生物学・生化学)
コンスタンツ大学・教授

2001年 東京大学理学部生物学科卒業、2003年 同生物科学専攻修士、2006年 同専攻博士(理学)。2006-2007年日本学術振興会特別研究員(チュービンゲン大学)。2007-2009年 同海外特別研究員(チュービンゲン大学・ミュンヘン工科大学)。2009−2010年ミュンヘン工科大学ポスドク、2010年より同大学にてグループリーダー。2015年 Habilitation (教授資格)。2017年より現職。選択的なタンパク質の分解が、植物において様々なシグナル伝達経路や、植物の成長、分化、環境応答をどのように制御しているかに興味を持っている。

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