日独学術交流雑記帳
出版された「芸術脳の科学」(講談社、ブルーバックス)はフンボルト財団奨学研究生(ドイツ滞在)で芽生えた私の「芸術脳の研究」の集大成
出版された「芸術脳の科学」(講談社、ブルーバックス)は
フンボルト財団奨学研究生(ドイツ滞在)で芽生えた私の「芸術脳の研究」の集大成
玉川大学脳科学研究所客員教授名・名誉教授 塚田 稔
私はAlexander von Humboldt-Stiftungとして、1981年6月20日~1982年10月31日、1987年9月1日~11月31日の2度にわたり、ミュンヘン工科大学通信工学研究所(Prof. Marko, Prof. Hauske)に滞在した。私の研究は、情報理論を脳の神経回路の情報処理へ応用し、パターン認識機能を明らかにする研究であった。
フンブルト財団から最初に送られてきた書物は“Knaurs Kulturfuhrer, Deutschland”と“Cultural Life in the Federal Republic of Germany”の2冊であった。
フンボルト財団は、若手の研究者の研究を支援するばかりでなく、広くドイツの歴史と文化を理解することを奨めていることが理解できた。私の研究所のお隣には、アルテ/ノイエ・ピナコテック、グリポテック、レンバッハハウスなどの美術館が立ち並んでいた。昼食は美術館のレストランでとるとともに、館内のカフェで教授と研究討論もした。
フンボルト財団は3週間余にわたる国内旅行に招待し、ドイツの芸術や文化を楽しませてくれた。このフンボルト留学期間において、「脳と芸術」を結びつけた私の研究が芽生えることになった。
一つは、黒と赤のコントラストの効いたイコン画に出会うことになる。イコン画は中世からのギリシャ正教の伝統を受け継ぐ宗教画である。赤と黒の美しさは善と悪の対比のように、中世の宗教画の美を表現するのに適していたのであろう。この黒はルネッサンスで影を潜め再び現代になって色として甦ってくる。この色対比に魅かれ、それがやがて私の心の色として定着する。私はこの影響をうけ、現代イコン画を30年にわたり上野の東京都美術館に出品してきた。形や色や空間は脳内でどのように表現されているであろうか?
二つ目は音楽であり、ドイツでは会議のある前には、コンサートや弦楽四重奏など音楽に始まり、教会や城はその演奏の場となっている。まさに、音楽が日常の生活の中に生きている。リズムやハーモニーは脳でどのように認識されるのであろうか?
三つめは、音楽のあるところにダンスがあることである。芸術はこれらの三位一体の表現であることを強く印象付けられた。これらの芸術はどのようにして新しい美を生み出すのであろうか?
出版された「芸術脳の科学」(講談社、ブルーバックス)(表紙とカバー)はこれらの問いに答えるべく、フンブルト財団に支援された私の研究の集大成である。